岡山-香川-徳島 自転車の旅
〜100Km越自転車の旅その5〜

大坂峠にて、引田(香川県)の町並みを見下ろす。足がすくむ…。



かねてからの目標だった自力で実家に帰るということを決行した。といっても瀬戸内海はどうすることもできない。瀬戸内海、本州と四国本土とを結ぶ橋は3ヶ所、神戸鳴門ルート、児島坂出ルート、尾道今治ルートがあるけれども自転車で走行可能な橋は尾道今治ルートしまなみ海道のみであり、広島まで回って愛媛を通過するのには1日以上を要するため、今回はフェリーを使って帰ることにした。
山県を南下
岡山駅前を通って国道を南下していく。今日家に帰るのか…なんて何か実感の無いまま旅はスタートした。今日の日の出は5:43、日の出はまだで薄暗い中自転車を走らせていた。市役所前を通過してさらに南下していくと、何か方向感覚に違和感を覚えた。上を通る高架は確か瀬戸大橋線…それに直交する道を走っているということは…西へ向かっている?大元駅で軌道修正をなんとかして、あとは一路国道30号を行く。笹ヶ瀬川、倉敷川を渡り灘崎町に入る。本旅行2市町村目に入った。前に大きな山が見え始めた。常山である。平野に突如として現れる山並みは圧巻で桜も見える。そして常山のふもとに来た頃、玉野市に入る。玉野市に入ると徐々に坂を登り始める。賽峠だ。ややなだらかであってまた自分自身スタートから20Km程とあまり疲れておらず楽に登っていった。深山公園あたりは水を湛えた池の上を橋が通っており桜の景色と相まって壮観だった。下りは螺旋のような坂をおりるが、この時歩道を走っているとその先は階段。自転車は車道を走れと言うのか?車道…自動車道みたいなのに…しかたなく車道に戻って下っていく。海が見え始めた。市街地に入りフェリー乗り場の案内看板も見える。フェリー乗り場に1時間半ほどでついた。旅の最初で疲れも無くまだ朝であり気温も低いことから20Km/h以上でほとんどこいでいた。20分ほどフェリーに乗るまで待つことになった。まだ7時を少しまわったくらいだった。
宇野港
戸内海
フェリーに乗るのは約1時間。しばしの休憩である。すぐに屋上の展望室に向かう。誰もいない。天気予報どおり曇った天気だったが雲の隙間から光が漏れて、海の一部分だけ照らしているのが幻想的な世界を演出しているのだった。たくさんの島の間を通って岡山県から離れていく。遠くに見え始めた陸地は香川県高松市。だんだん近づいてくる。とそこに飛び込んできた大きなビル、サンルート高松。先月31日にグランドオープンしたばかり、サンルート高松内の高松シンボルタワーにおいては4月上旬ついこの間オープンしている。フェリーが港に近づくにつれその姿がはっきりと見えてきた。陸か伸びた玉藻防波堤の先にある赤灯台(せとしるべ)がフェリーの横を流れていった。そして着岸。自転車は、車が全てフェリーの外に出るのを待ってから高松へ上陸した。

今年オープンしたてサンポート高松
松市
高松市の中心を通ったのは8時半過ぎ。通勤ラッシュのさなかだった。人ごみの中を走るのはきつい。ここで国道11号線に乗り換え徳島県鳴門市方面へ向かう。思いのほか信号に足止めされてなかなか進めない。そして前に屋島が見えてきた。那須与一が扇の的を射るという史実で有名な屋島はそびえ立つ台地。また屋島の上には水族館があり昔行ったことを思い出していた。フェリーからもよく見える。香川は雨が少なく川が少ないが意外と小さな川は流れていた。30分ほど走ると牟礼町に入った。ここからさらに北に行くと四国本土最北の町・庵治町となる。しかし今回は旅の後半の疲れを考慮し、あまり寄り道しないように自転車をこぐということで、庵治町へは行かなかった。
屋島

高松市のマンホール
那須与一と屋島
ぬき市
牟礼町に入って30分ほどこいだ後、さぬき市に入る。2年前の2002年4月1日大川郡 寒川町, 長尾町, 津田町, 大川町, 志度町が合併して誕生した新市。住民アンケートによる新市名候補上位5点を挙げると大川,東讃,さぬき,東香川,東讃岐であったそうだ。さぬき市に入る前から面白い道を走る。国道11号の両側が線路になっているのである。JR高徳線と琴平電鉄志度線で、この面白い道もさぬき市志度で終わる。牟礼町からさぬき市に入ると旧志度町で、現在のさぬき市の市役所は旧志度町役場。2年前合併したというが、入ってすぐに志度へようこそという看板や「しど」と書かれた汚水マンホールがあり、まだ合併前の名残があった。第二の峠・天野峠を越えにかかる。ここでずいぶん晴れ間が広がり暑くなってくる。上着を脱いで半袖でまた走り出す。せっかく上ったのにまた下りだ。依然さぬき市を走ることになるが、旧津田町へと入る。津田町への入り口は第三の峠・羽立峠。出発から50Km。その峠に立つと津田町が、津田の松原がよく見える。渚100選、白砂青松100選に選ばれている浜だけあっていい景色だった。心配した天気も今は快晴。すがすがしい。ここまでしばらくは海を見ながらの旅だったがまた山に入る。馬篠で一旦は山に入るがまたすぐに海が見え始める。




牟礼町
両側線路の
珍しい道
羽立峠
(はりゅうとうげ)
向こうに見えるは
津田の松原
津田の松原
かがわ市
東かがわ市は去年2003年4月1日大川郡 引田町, 白鳥町, 大内町が合併して誕生した新市でまだ誕生から1年しか経っていない。新市名候補に、あずま,讃東(さんとう),三本松,讃和(さんわ),太陽,とらまる,東かがわ,東香川,東瀬戸,三瀬戸(みせと)など多数。市役所は旧白鳥町役場。さぬき市から国道11号線を通って東かがわ市に入るとそこは旧大内町。JR高徳線と平行して自転車を走らせる。休みなく走った。旧大内を過ぎると旧白鳥町。「しろとり」と読む。ここも白砂青松100選のひとつ白鳥神社の松原があるが、国道から海は少し離れていて松しか見えなかった。旧白鳥を過ぎ旧引田町に入ると海の音が聞こえる。堤防の横を走ることができ、すぐ横は海だった。前に見えるは讃岐山脈。これをどう攻略するかが今回の旅の最重要ポイントだった。鳴門海峡までいくと景色はいいが時間がかかりすぎるということで、峠越えを決行することはこの旅の始めから心に決めていた。問題はどの峠を越えるかということだった。結局県道11号線にのり大坂峠-大坂越、最高点標高270mというところを越えることを決意。山のふもと標高0m海のそばのコンビニエンスストアで昼食をとることにした。カツどんとグミとクッキーを買う。カツどんはあっとう間に食べ終え10分もたたぬまにすぐ出発。お菓子類は峠を上った後のご褒美ということにした。そうでないとあの峠は越えられそうになかった。しかし、まさか想像以上の峠であることをこの時はまだ知るよしもなかったのである。

坂峠
峠に向かうそのふもとの地名は坂元という。大坂峠のふもとであるという由来に違いない。緩やかな坂を上っていくと都会では珍しい警笛鳴らせの道路標識が。しかも何回も。360度カーブが幾度となく続き、峠の上は近くに見えるのに人間の大腸のようなカーブでそこまで行くのに相当な時間がかかった。下を見ると崖で足がすくむ。もう標高200mはきただろうかという頃、東かがわ市が見渡せるポイントへとやってきた。一車線で車が走ると落ちそうな崖上を自転車で走り、もちろん人っ子一人いない。写真をセルフタイマーで撮ったが、大量のカラスにカメラを撮られないか、自分が崖から落ちないかビクビクしながら写真に写った。ちなみにいうとこの道は車で通るには少々勇気がいると思います。対向車は気にしなくていいですが、崖に落ちないようにすることと、街灯がないのが難点です。写真をとってすぐ、2匹の野良犬に遭遇。体中あざだらけだったがその理由がその直後わかることになる。自分は峠を上っていくが、彼らは峠を下っていった。どこへいくのだろう。上り始めて5Km以上走ったか、やっと峠につく。ここから大坂越になる。なだらかだがまわりは山しかない。こんなところで故障したらひとたまりもないなと思いつつ、僕は慣れていると考えながら走らせた。景色がいいので写真を撮ろうと思い、茂みを見た。「入ってはダメ」の文字、ここで一つのことを思い出した。ここでさっきの傷だらけの犬を思い出しはっとした。田舎(ここでいう田舎は回りに山しかない田舎。田んぼのある田舎を想像してはいけません)はすぐ山に入ると罠(ちゃんちゅう)がある。種類は様々だが危険極まりない。実家の山にもあってたまにイノシシがかかった。これを思い出し、道の上から写真を撮る。あまり入り込むのは危険だ。しばらくいい景色に見とれながら走ると大坂越最高点にきた。上りだして約1時間。直線距離では1Kmくらいしかないのに。大変な道のりだった。あとは下るだけ。30分も下れば徳島県板野町の街中に下りた。
地図上での大坂峠
大坂峠入り口
あの山を越える
そうこの山を
なだらかなカーブが少しあってそれから…
上のほうに道が見えるあそこまで行くのに30分かかった

国道11号線と県道1号線の分岐点。あの山を越えなければならない!
引田の町とトンビ
もはや崖
ここから徳島県鳴門市 さっき上ってきた道がみえる
野川
板野町からは藍住町、上板町と次々に回る。藍住からは吉野川沿いを上流に走る。吉野川は四国の中央部を東西に流れる四国第一 の大河で長さ 194km。四国山地の瓶ヶ森に発し、上流部に大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)の峡谷をつくり徳島平野を流れて紀伊水道に注ぐ。別名四国三郎。その吉野川にある第十堰に立ち寄った。第十堰は2000年1月可動堰化の是非をめぐって国の河川事業を問う全国初の住民投票があったところである。ニュースを耳にした人も多いはず。実家から20Kmほど北にきたところにある。地名が第十であるので第十堰と呼ばれている。大学入試を控えた時いった以来だった。出発から100Km。吉野川を渡るとそこは石井町。ここから今度は山沿いに徳島市へ向かう。徳島市もだいぶ景色が変っておりそこを自転車で通過したのは初めてだった。そしてついに佐那河内の看板を見つける。スタートして112Kmたったところだった。



←鮎喰(あくい)川



郷へ
出発から約9時間、ついに佐那河内村に入る。ここまで来たらあと少し。久しぶりにこの辺を自転車で通るなあなんて実感しながら一こぎ一こぎ踏みしめて走る。見渡す限りの山。澄んだ水は、都会の川が汚いせいかよけいに澄んで見える。魚が見える、底が見える。さぁそして家に着いた。総走行距離118.01Kmの旅第一日目は幕を閉じた。明日は自動車に自転車乗せて岡山に戻るのだ。



↑村の道向こうに見えるのは六郎山 ↑昔よく泳いだ川



↑これが潜水橋、いかだ下りもした


山へ
岡山へは自動車に自転車乗せて、フェリーを使って瀬戸内海を渡る。ルートは自転車のときと違って途中まで吉野川沿いに上流を目指し脇町あたりで北に向かって香川県塩江を通るルート。しかしこっちのルートで帰っても岡山に着くと118.4Km…昨日のルートと距離の差が300mなんて…。実際は30Km以上離れているルートを通っているのになぜ?さて運転中はあまり余裕が無かった分、フェリーに乗ってからは始終リラックスして景色を見ていた。まず右手に見えてきた島…よく見ると鬼ヶ島なんて書いた看板がある。意外と高松側に近い。本当に桃太郎は岡山県のものなのか?そんな疑問が生まれた。香川高松からの方が妥当だと。つまり、鬼ヶ島にいる鬼だか海賊だかが、わざわざ遠い岡山のほうへ行くのだろうかと思ったのだ。桃太郎が鬼退治に行った理由は襲ってきたから…近いほうを襲うような気がするのだが、まぁそんな談義はまた今度で。



↑鬼ヶ島の文字が見える
←目を凝らすと瀬戸大橋が見える。島は大槌島。
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